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北斗市 有川大神宮 渡御祭 本祭

渡御祭2日目であります。本日は、昨日の反対側を巡幸します。
今日は午前から雨の予報ですが、出発する午前9時頃は、天気がよく昨日と同じような天気であります。今日はなんとか持って欲しいところであります。

神社を出発して、上磯奴先頭に行列は昨日の反対側を巡幸します。

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上磯奴

高下駄で神社から出て来ました猿田彦です。

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猿田彦

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神社行列

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お稚児行列

子供等による神輿であるが、これだけいれば担いでもいいかもしれないですね。

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子供神輿

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有川天満ばやし

午前は順調に巡幸が進み、正午前に雲行きが怪しくなって来ました。
昼休みに入るまでは天気は保ってくれました。行列の人達が全て、休憩場所に入り、雨が少し落ちて来ました。行列は、様子を見ての巡幸となりました。

雲の状態、天気予報を見ても、

これは、どうもこれ以降の巡幸は無理だな

と判断し車に戻り一時家に戻り、雨を待つ方がいいなと、感じました。今年は姥神大神宮で、強烈な雨に当たり、もう無理せず判断しようと学習していましたので、雨を待つことにしました。

雨は小降りから大降りになり、また小降りになり、行列は出たと思われました。
午後の出発は取材しないで神社で待つことにしました。

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雨に当たる神社前

案の定、また大粒の雨が落ちて来ました。行列は中止になり行列の人達は、バスで神社前に戻って来ました。
御霊を拝殿に戻り、御神輿は神輿殿に戻されました。

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神輿殿に戻る御神輿

御霊が拝殿に戻り、続々と行列のが戻って来ました。

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神社に戻る神社行列

上磯奴は近所を周り、最後に神社に戻って来ました。雨があがったので神社前から拝殿前まで、掛け声と共に入って来ました。

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神社に入る上磯奴

本祭は午後3時から行われました。
神事終了後、松前神楽が行われました。まずは、鎮釜湯立式からであります。

鎮釜湯立式とは、鎮火祭という火を鎮める神事であります。釜でお湯を焚きホムスビノ神とミズハノメノ神をお祭りし、火(霊)を祓い清め、釜に向かい神歌を奏で鎮釜・鎮火を行います。また、湯笹で四方を拝し祓い清め除災招福を修します。また、この笹湯は祓われて外症状を治し、飲んで内症状を良くすると言われております。作物・漁獲量の吉凶を占う神事であり、松前神楽三十三座の中に十二座入っている神事であります。

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鎮釜湯立式・釜清め

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鎮釜湯立式・湯立

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鎮釜湯立式・湯上

行われた神楽舞いは、弊帛舞(みてくらまい)、二羽散米舞(にわさごまい)、三番叟(さんばそう)、翁舞(おきなまい)、神遊舞(かんあそびまい)、注連祓舞(しめはらいまい)、十二の手獅子舞(じゅうにのてししまい)の7座が奏上されました。

弊帛舞(みてくらまい)、榊舞(さかきまい)、祝詞舞(のりとまい)とも云います。
その神社の宮司が朝夕玉垣内に参進して、神域を祓い清め、神拝して御幣を奉るという、神職の神明奉仕の姿を表した舞いであります。函館と近郊の町で行われる際には、松前神楽奉納となる時、斎主(その神社の宮司)が最初に舞われる舞いであります。

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弊帛舞(みてくらまい)

二羽散米舞(にわさごまい)、庭散米とも書き、鳥名子舞(とりなごまい)とも云います。
鶏は天の岩戸開きに暗黒の世より光明の時を告げ、世の始まりに地を踏み固めた瑞鳥であるとされています。雌雄二羽の鳥形の冠を頭に冠し、羽根には雄は瑞雲つまり天を表し、雌は海の波を形どり地を表して、雌雄親しみ和合して、世の中が平和である様を表し、神の恵みの米をまき散らし、千五百秋の瑞穂の国の五穀豊穣を祝う舞いであります。

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二羽散米舞(にわさごまい)

三番叟(さんばそう)は、背が低く、顔が黒く、精力絶倫にして健康長寿、正道徳行の翁が、才智多い子孫に恵まれ自身もまた長寿であることを喜び舞う、家門の隆昌、子孫の繁栄を祝福した舞いであります。

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三番叟(さんばそう)

翁舞(おきなまい)は、面白く背が高く心柔和な老翁が、額にしわがよっても身体堅固で幾星霜を経る間に、身分が高い位に登った姿で、舞中に願意を言葉に表し、息災延命、立身出世を祝って舞う福禄寿の備わった最も目出度い舞いであります。

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翁舞(おきなまい)

神遊舞(かんあそびまい)、天皇遊舞(てんのうあそびまい)とも云います。
二人の武人が弓矢を持ち、四方の悪魔を退散し、正しい心に返す意味の舞で、松前藩の威徳を内外に示し、蝦夷地鎮定、天下泰平を祈願した舞であります。この舞は、松前藩主6代矩広(のりひろ)公の作品だと伝えられています。

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神遊舞(かんあそびまい)

注連祓舞(しめはらいまい)、〆引(しめひき)、七五三祓舞(しめはらいまい)とも云います。白扇を四方四隅中央を祓い、真剣を抜き天井に十文字の縄を張った注連縄を切り払い、悪魔退散、国土安穏、千秋万歳を祝して舞われる舞いであります。

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注連祓舞(しめはらいまい)

十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)
十二回手が変わるというので、十二の手獅子舞と云われています。一年十二ヶ月を形どり、獅子幕も十二反使用するを本格とするのであると云われています。五方とは、東西南北と正中(真ん中)を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様を表しています。

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十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)

十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)が行われて、いつも参拝者を獅子が噛んで回るのがなく、おかしいなぁと感じました。舞い手も変わり、片手に鈴を持たせました。獅子の鈴上げが奏上されました。

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十二の手獅子舞・獅子の鈴上げ(じゅうにのてししまい・ししのすずあげ)

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十二の手獅子舞・獅子の鈴上げ(じゅうにのてししまい・ししのすずあげ)

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十二の手獅子舞・佐々良(じゅうにのてししまい・ささら)

十二の手獅子舞・獅子の鈴上げ(じゅうにのてししまい・ししのすずあげ)を見られて良かった。今年最後でこれを見られたのは良かったです。滅多に見れないと云われている十二の手獅子舞・獅子の鈴上げ(じゅうにのてししまい・ししのすずあげ)ではありますが、今年は2回見れました。伝承の為に、もっと行われることを願います。

今年も無事、事故もなく、神楽見学は終了しました。
来年からは、もう少し考えた取材をするでしょう。今年のまとめは、後日書きたいと思います。

テーマ : 祭り/イベント
ジャンル : 写真

tag : 北海道 神事 北斗市 有川大神宮 神社行列 上磯奴 神楽 松前神楽

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お疲れ様

無事に、終わりましたね。車の走行距離も稼ぎまくりで、大変でしたね。
ゆっくり、今年を振り返ってみては。
プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

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