スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

寿都町 寿都神社宵宮祭 2010

昨年初めて、取材させてもらった寿都町・寿都神社宵宮祭を取材させてもらいました。
神恵内厳島神社本祭の松前神楽を見てから、しばらく時間があるので別の取材をして寿都町に向かう事にしました。まずは神社に行き、宵宮祭の時間を聞きに行きました。丁度宮司に会い宵宮祭の時間を聞きまして、宵宮祭まで時間を潰しました。

suutu_2010_02.jpg
寿都神社

寿都神社の由緒は、

寛永4年(1627年)4月、北海道に向かう筑紫国の弁天丸という船が折からの暴風により遭難し漂流の後、寿都湾で座礁大破した際、幸いにも乗組員は神の御加護と地元住民の御陰で無事救助されたことに感謝し、船中に祀っていた弁天神を岩崎村の祠に奉祀、神鏡を納めて海上安全の主神として奉斎したことに始まる。後にこの近辺が松前藩士鈴木喜三郎の知行する漁場となってからも漁民たちから篤い信仰を受け、協議の結果、社を新たに建立した。明治5年8月厳島神社と改称し郷社に列せられる。同13年11月12日、現在地に遷座。同32年10月23日、本殿ならびに幣殿を新築、同年に強風の為に境内の稲荷神社が損壊したので、本社に合祀を出願し、翌33年3月28日に許可が下る。同34年12月、神楽殿並びに社務所を増築、大正6年には本殿と社務所を改修した。同14年9月30日、村社稲荷神社を合祀、11月には寿都神社と改称する。昭和5年7月には境内地を増やして整備し、寿都敬神会の寄付により神楽殿を再建した。昭和52年11月、国道229号線道路改修の為、現在地に移転と成り、御社殿、神楽殿、神輿殿、社務所等境内建造物を改築する。同年11月三町稲荷神社を境内社と遷座して現在に至る。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
稲荷神社 豊宇気比売命  大正14年9月30日合祀・稲荷神社 倉稲魂命 明治33年3月28日合祀


※いつもながら、北海道神社庁から引用

神社の歴史を見れば、その場所の歴史も見えてきます。
宵宮祭終了後、この神楽殿で松前神楽奉納が行われます。

suutu_2010_03.jpg
神楽殿

suutu_2010_01.jpg
神輿

神輿を手直しされたそうなので、明日の渡御は見られないので、神輿殿から撮影させてもらいました。

宵宮祭の前に、神社に到着してみると奴行列が神社にお参りに来ていました。その後、全員でお祓いをしていました。

suutu_2010_04.jpg

suutu_2010_05.jpg
上2枚 奴行列

suutu_2010_06.jpg
お祓いを受ける奴行列関係者


ここでは宵宮祭の本殿で数座行われ、その後は、神楽殿で神楽保存会での神楽奉納があります。

宵宮祭で行われた神楽舞は、荒馬舞(あらうままい)、四箇散米舞(しかさごまい)、二羽散米舞(にわさごまい)の3座奉奏されました。

荒馬舞(あらうままい)、松前遊(まつまえあそび)、正前遊舞(しょうぜんあそびまい)とも云います。城内神楽神楽修行の際に、たまたま藩主の機嫌が悪くこれを直さんと考え馬が好きな藩主の為に、馬術の様子を即興的に創り演舞したところ大変喜び、機嫌を直したと云います。

suutu_2010_08.jpg
荒馬舞(あらうままい)

四箇散米舞(しかさごまい)、三品舞、三種舞とも云います。
この舞はお目出度い時、新鳥居や新社務所が建てた等のその神社で、お目出度い時に行われる舞いであります。これは、南北海道だけの風習であるので、道南で見られるのは貴重であります。
寿都では、頻繁に見る事が出来ています。寿都神社では、小学6年生の4人組の女の子が可愛らしく、この四箇散米舞(しかさごまい)を魅せてくれます。中学に入っても継続して欲しいです。
最初が、折敷の手(四角のマスのようなものを持つ)で、次は、弓、剣、太刀つ続き、最後は3人で太刀を組んで行われる舞いであります。

suutu_2010_09.jpg
四箇散米舞(しかさごまい)

二羽散米舞(にわさごまい)、庭散米とも書き、鳥名子舞(とりなごまい)とも云います。
鶏は天の岩戸開きに暗黒の世より光明の時を告げ、世の始まりに地を踏み固めた瑞鳥であるとされています。雌雄二羽の鳥形の冠を頭に冠し、羽根には雄は瑞雲つまり天を表し、雌は海の波を形どり地を表して、雌雄親しみ和合して、世の中が平和である様を表し、神の恵みの米をまき散らし、千五百秋の瑞穂の国の五穀豊穣を祝う舞いであります。寿都では、小樽風の二羽散米舞(にわさごまい)であります。

suutu_2010_10.jpg
二羽散米舞(にわさごまい)

宵宮祭終了後、神楽殿にて松前神楽奉納されました。
行われた神楽舞は、神楽初(かぐらそめ)、四箇散米舞(しかさごまい)、山神(さんじん)、十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)の4座奉奏されました。

神楽初(かぐらそめ)は、携帯の動画で撮影してみました。ご覧ください。




suutu_2010_11.jpg
四箇散米舞(しかさごまい)

山神(さんじん)舞は、奥山の榊葉を持ち山神を表し、海鳥のしぐさを真似て山神にご覧になってもらい、おなぐさめ申し上げるというものであります。

suutu_2010_12.jpg
山神(さんじん)

三番叟(さんばそう)は、背が低く、顔が黒く、精力絶倫にして健康長寿、正道徳行の翁が、才智多い子孫に恵まれ自身もまた長寿であることを喜び舞う、家門の隆昌、子孫の繁栄を祝福した舞いであります。

suutu_2010_13.jpg
三番叟(さんばそう)

十二回手が変わるので、十二の手獅子舞と言われる云われています。1年十二ヶ月を形どり、獅子幕も十二反使用するを本格とするのであると云われています。五方とは、東西南北と正中(真ん中)を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様を表しています。

suutu_2010_14.jpg
十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)

昨年と神楽は同様でありましたが、この町の祭りに対する気持ちが理解出来ました。
これからもいい神楽を見せて欲しいと感じられました。いつか、渡御の方にも取材してみたいと感じられました。
「よーそろー」の掛け声の風習はないようですが、

よーそろー


テーマ : お祭り&行事
ジャンル : 地域情報

tag : 北海道 神楽 松前神楽 寿都 寿都神社

コメントの投稿

非公開コメント

途中退席

事情により、途中退席となり、見ることができませんでしたが、町全体で盛り上げている様子がみてとれます。保存会の活躍も素晴らしいですね。

保存会のメンバーすごいいっぱいいるんですね!
女の子の四箇散米舞はカワイイんでしょうね~みてみたいです!

書き込みありがとうございます

不名誉.comさん
なんとも残念でしたが、貴方らしい活動してもらった方がこちらも良かったですよ。
機会があれば、また見に行きましょう。

お龍さん
いつもありがとうございます。
寿都松前神楽保存会の人数は、全体で60名程いらっしゃるようです。
次から次ぎへと、笛の担い手が変わり、音色も素晴らしいと感じました。
プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カテゴリー
最近の記事
月別アーカイブ
最近のコメント
最近のトラックバック
RSSフィード
カウンター

リンク
スポンサー
ブログ内検索
コマーシャル
コマーシャル2
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。