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小平町鬼鹿地区 鬼鹿厳島神社神輿渡御祭 2010年 その1

2010年7月3日(土)

昨年にも訪問させてもらった北限の松前神楽で、小平町鬼鹿まで取材してきました。昨年の11月に鰊番屋行われた後志の松前神楽の合同のイベントの会場が鬼鹿で、行けなくて残念でありました。
松前神楽を見るにはイベント会場で見るのもいいと感じられますが、やはり例祭の時期に見るのが一番であると思います。その場の雰囲気や、そこの土地の人柄や歴史も感じられ、1番いい環境であると感じられます。鬼鹿には、鰊番屋という最高の場所がありました。この松前神楽も鰊漁が運んだ伝統神事であるので、意味合いから歴史も感じられ最高の神楽する場であると思っていましたが、どうにも行けない事情により訪問できませんでした。

この神社の由緒は、

天明6年松前郡福島の栖原彦右衛門が天登雁村に創祀したと伝わる。明治12年村社となり明治41年鬼鹿村の市街地化により天登雁村より鬼鹿村(現在地)に遷座する。奥場所といわれた留萌地方にあって当社も鰊漁に従事する網元や漁業者の崇敬が厚く、現在も継承されている。明治36年より松前神楽が伝承され、鰊漁華かな時代には盛んに松前神楽が奉納され現在もその活動が盛んである。昭和21年宗教法人を設立、現在に至る。


いつもながら、北海道神社庁より引用

鰊漁が盛んな時期に、松前郡福島町から人手が多くこの鬼鹿まで出稼ぎに来ていたこともあり、この松前神楽が伝わってきた歴史があります。やはり、この場の歴史と人達が祭りで味わう雰囲気を味わい、松前神楽を見ることはそれなりに意味があると昨年感じられました。そういうことで今年もお邪魔させてもらいました。

午前8時から神輿渡御の祭儀が行われ、大鳥居から漁港までを練り歩きます。

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漁港に向けて出発準備をする

祭典委員長はじめ役員さんたちは裃を着用し、猿田彦のお世話等をしています。皆様から、
「あれっ昨年も来ていたよね」とか声をお掛けくださいました。私のような外部の人間でも意外と覚えてもらえて頂いているようで恐縮でした。

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猿田彦も漁港まで練り歩く

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漁港にて行われる神事

神事終了後、海上渡御ではありますが、昨年海上渡御の船に乗り取材しましたが、今回は乗込まず海上渡御の帰りを待ち、の姿を撮ろうと決めていたので乗船せず、海上渡御の帰りを待ちました。

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海上渡御から船が帰る

海上渡御から今度は、トラック・バスに乗り換えて移動し、門祓いしながら数カ所に止まり、神事と神楽奉納を行われました。広富会館、豊浜会館、千松会館、元浜ツインビーチ駐車場と止まり、会館は会館の中に祭壇があり祈祷して、外で神楽奉納が行われています。

広富会館で行われた神楽舞は、福田舞(ふくだまい)、十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)の2座でした。昨年は見ていなかった「五方」が見れました。

福田舞(ふくだまい)、跡祓舞(あとはらいまい)とも云います。跡祓舞(あとはらいまい)は、宵宮祭で獅子舞を行わない神社で、一番最後に行うことから跡祓(あとはらい)とも云います。四方の神々を拝し、祓い清めて干ばつ、暴水、火難の災いを除き、五穀豊穣を祈願する舞いであります。

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上2枚 福田舞 広富会館にて行われた神楽奉納

十二回手が変わるので、十二の手獅子舞と言われる云われています。1年十二ヶ月を形どり、獅子幕も十二反使用するを本格とします。五方とは、東西南北と正中(真ん中)を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様を表しています。

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十二の手獅子舞・五方 広富会館にて行われた神楽奉納

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獅子にかじられる子供

豊浜会館で行われた神楽舞は、荒馬舞(あらうままい)、十二の手獅子舞・佐々良(じゅうにのてししまい・ささら)でした。

荒馬舞(あらうままい)、松前遊(まつまえあそび)、正前遊舞(しょうぜんあそびまい)とも云います。城内神楽の神楽修行の際に、たまたま藩主の機嫌が悪くこれを直さんと考え馬が好きな藩主の為に、馬術の様子を即興的に創り演舞したところ大変喜び、機嫌を直したといういわれがあります。

ここでは、子供が5人で駆け回りながら、可愛らしい荒馬が駆け回っていました。

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荒馬舞(あらうままい)

コミカルな楽に変わり猿田彦が登場し、暴猛な大獣獅子を手玉にとって遊び戯れ、平和な世の中を招く悪魔降伏の舞いです。

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十二の手獅子舞・佐々良(じゅうにのてししまい・ささら)

千松会館で行われた神楽舞は、福田舞(ふくだまい)、十二の手獅子舞・佐々良(じゅうにのてししまい・ささら)の2座でした。各場所、2.3座が行われています。

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福田舞(ふくだまい)

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十二の手獅子舞・佐々良(じゅうにのてししまい・ささら)

元浜ツインビーチ駐車場で行われた神楽舞は、荒馬舞(あらうままい)の1座でした。

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荒馬舞(あらうままい)

元浜ツインビーチ駐車場で振舞われたのは、高級食材のナマコでした。昨年もこの場所で、いただきましたが、私はナマコが苦手でいただくことはしませんでしたが、昨年一緒に来た友人は、このナマコを頂き舌鼓を打っていました。鬼鹿ではこのナマコを中国に輸出しているようです。各場所で、飲み物やおつまみを出して神職や楽人を振舞います。中身が、港町だけあってのモノが出てくるので、有り難く頂いています。

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高級食材・ナマコ

午前中は、遅れることもなく無事に終了し、午後からは、四箇散米行列(しかさごぎょうれつ)と奴行列が加わり鬼鹿の町の中を練り歩きます。

その2に続きます。

テーマ : お祭り&行事
ジャンル : 地域情報

tag : 北海道 神楽 鬼鹿 松前神楽

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プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

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