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松前町清部地区 招待神楽(しょうたいかぐら)

元旦の午前は、門払い神事と松前神楽の奉納と行われた。

午後からは、家に招待された所で行われる「招待神楽」である。家で、祝い事のあった所や来て欲しいと言われる所に赴き行われるのが、「招待神楽」である。昔は、正月の間、20軒くらいの招待神楽を行ってきたようである。元旦から5日までびっちりと、松前神楽の奉納をしていたようである。

神社で松前神楽を奉納し、休憩をとる暇もなく移動の準備を行う。神楽道具を招待神楽が行われる家に持って行く、神楽保存会の役員さんが動く。楽人(笛・太鼓と舞い手)が神社に残り、少し時間を置き、神社を出発する。行列の笛と太鼓を奏でながら、招待神楽の家に向う。
到着後、暫しの休憩と準備の時間である。笛の担い手は、ここでは1人しかいない。全ての笛はその人だけなので、途中で少々笛が途絶えてしまうが、1人しかいないのでしょうがない。郷土芸能の担い手の少なさは、何処も同じである。

行われた神楽舞は、祝詞舞(のりとまい)、福田舞(ふくだまい)、庭散米舞(にわさごまい)、兵法舞(へいほうまい)、山神(さんじん)、三番叟(さんばそう)、千歳(せんざい)、翁舞(おきなまい)、神遊舞(かみあそびまい)、四箇散米舞(しかさごまい)、十二の手獅子舞(じゅうにのてししまい)・五方舞(ごほうまい)・面足獅子舞(めんたりししまい)の11座である。鈴上げ以外は、全て行うのである。

祝詞舞(のりとまい)、弊帛舞(みてくらまい)、榊舞(さかきまい)ともいう。
その神社の宮司が朝夕玉垣内に参進して、神域を祓い清め、神拝して御幣を奉るという。神職の神明奉仕の姿を表した舞いである。

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祝詞舞(のりとまい)

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祝詞舞(のりとまい)
撮影に関して言えば、神社に比べれば狭いのでポジションが難しい。ここは以前にも、お邪魔したことのある家だったので、当時を思い出して確保することができた。

福田舞(ふくだまい)、跡祓舞(あとはらいまい)とも云う。跡祓舞(あとはらいまい)は、宵宮祭で獅子舞を行わない神社で、一番最後に行うことから跡祓(あとはらい)とも云う。四方の神々を拝し、祓い清めて干ばつ、暴水、火難の災いを除き、五穀豊穣を祈願する舞いである。

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福田舞(ふくだまい)

庭散米舞(にわさごまい)、二羽散米とも書き、鳥名子舞(とりなごまい)とも云う。
鶏は天の岩戸開きに暗黒の世より光明の時を告げ、世の始まりに地を踏み固めた瑞鳥であるとされています。雌雄二羽の鳥形の冠を頭に冠し、羽根には雄は瑞雲つまり天を表し、雌は海の波を形どり地を表して、雌雄親しみ和合して、世の中が平和である様を表し、神の恵みの米をまき散らし、千五百秋の瑞穂の国の五穀豊穣を祝う舞いである。

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庭散米舞(にわさごまい)

兵法舞(へいほうまい)は、松前藩の武威を及ぼし天下泰平を祈願する舞い。最後に勝利した藩主が、敵の武器であった長刀を取り歓喜して一人にて舞う。

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兵法舞(へいほうまい)

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兵法舞(へいほうまい)

山神舞(さんじんまい)は、奥山の榊葉を持ち山神を表し、海鳥のしぐさを真似て山神にご覧になってもらい、おなぐさめ申し上げるというもの。

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山神舞(さんじんまい)

三番叟(さんばそう)は、背が低く、顔が黒く、精力絶倫にして健康長寿、正道徳行の翁が、才智多い子孫に恵まれ自身もまた長寿であることを喜び舞う、家門の隆昌、子孫の繁栄を祝福した舞いである。

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三番叟(さんばそう)

千歳(せんざい)は、百千歳の歳を重ねた老翁が、大君より長寿を祝福され、目出度い文箱を賜ったので、喜びの余り、手の舞い、足の踏むところ知らず舞い納める。身体強健、寿命長久を祝した舞いである。

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千歳(せんざい)

翁舞(おきなまい)は、面白く背が高く心柔和な老翁が、額にしわがよっても身体堅固で幾星霜を経る間に、身分が高い位に登った姿で、舞中に願意を言葉に表し、息災延命、立身出世を祝って舞う福禄寿の備わった最も目出度い舞いである。

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翁舞(おきなまい)

神遊舞(かみあそびまい)、天皇遊舞(てんのうあそびまい)ともいう。
二人の武人が弓矢を持ち、四方の悪魔を退散し、正しい心に返す意味の舞で、松前藩の威徳を内外に示し、蝦夷地鎮定、天下泰平を祈願した舞である。この舞は、松前藩主6代矩広(のりひろ)公の作品だと伝えられている。

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神遊舞(かみあそびまい)

四箇散米舞(しかさごまい)、三品舞、三種舞とも云う。
この舞はお目出度い時、新鳥居や新社務所が建てた等のその神社で、お目出度い時に行われる舞いである。これは、南北海道だけの風習であるので、見られるのは珍しいと思っていいだろう。
最初が、折敷の手(四角のマスのようなものを持つ)。次は、弓、剣、太刀つ続き、最後は3人で太刀を組んで行われる舞いである。

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四箇散米舞(しかさごまい)

十二回手が変わるので、十二の手獅子舞と言われる云われている。1年十二ヶ月を形どり、獅子幕も十二反使用するを本格とするのである。五方とは、東西南北と正中(真ん中)を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様を表している。

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十二の手獅子舞(じゅうにのてししまい)・五方舞(ごほうまい)

面足獅子舞(めんたりししまい)は、コミカルな楽に変わり猿田彦が登場し、暴猛な大獣獅子を手玉にとって遊び戯れ、平和な世の中を招く悪魔降伏の舞いである。

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面足獅子舞(めんたりししまい)

清部地区だけで、これだけの神楽舞を見るのは素晴らしいと思うし、清部の人にもこの神楽を見なければ正月を迎えた気分にならないと思う程。この神楽が浸透していて大切にしていると思われる。
どこでも言えるのだが、全世帯この神楽の存在を知っているかは疑問である。初めてこの神楽を見るという、清部にいた若い人も今回居たようであるから、もっと知ってもらう事も大切に思われる。

元旦から神楽を見られるのは、とても気分的にもいいものである。
そして明日(1月2日)も招待神楽があるようなので、取材することにする。

テーマ : 祭り/イベント
ジャンル : 写真

tag : 北海道 松前神楽 清部 招待神楽

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そのうちに

清部地区においては、神楽は正月の風物詩なのですね。招待神楽の伝統は受け継がれていくことでしょう。若い担い手も頼もしいですね。最近の住宅は和室の無い家もあるそうなので、そのうちに洋室で舞われることがあるかもしれませんね。
プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

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