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函館市 高穂神社 秋の感謝祭宵本祭

昨日の宵宮祭(11/2)は、所用の為に早めに帰宅したが、体調不良から発熱し夜間で熱を下がることに成功したので、本祭に行くことにした。
昨日から全国的に寒く、12月の気候で初雪を記録した。昨日から身体が寒く、「変だな」と感じていて早めに帰って良かった。

秋祭り本祭(11/3)は、拝殿の方で行われ、榊舞(さかきまい)が奏上された。拝殿では、この榊舞(さかきまい)だけ行われた。

榊舞(さかきまい)、弊帛舞(みてくらまい)、祝詞舞(のりとまい)ともいう。
その神社の宮司が朝夕玉垣内に参進して、神域を祓い清め、神拝して御幣を奉るという。神職の神明奉仕の姿を表した舞いである。函館と近郊の町で行われる際には、松前神楽奉納となる時、斎主(その神社の宮司)が最初に舞われる舞いである。

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上・2枚 榊舞(さかきまい)

秋祭り本祭は終了し、今度は新社務所内で行われた。新社務所は、日魯漁業創業者の平塚常次郎の養女・千鶴子さん(95・東京在往)が住んでいた旧家の材を利用して同様に復元し、社務所などにしたようだ。確かに、柱や扉はレトロ風な扉だなと思っていた。

澤口宮司によると、千鶴子さんが住んでいたのは、150以上年前に松前町で建てられた武家とみられ、後に同町内の漁師が使用、19(大正8年)年に常次郎と同じ日魯創業者の堤清六が購入し、同市湯川町に移築。長年、千鶴子さんが住んでいたが住人が居なくなり、2004年に取り壊された。


※ 2009.11.4 函館新聞より引用

この新社務所はもとは松前より運び、平塚常次郎自身が住んでいて、松前藩の武家の屋敷だったらしい。(直会でそうおっしゃっていた)趣のある建物である。

入魂式は、この社務所内で行われた。釜鳴(かまなり)の神事も同時に行われた。
はじめて聞く神事で、いつもよく見る鎮釜湯立式(ちんかまゆたてしき)ではないようである。
釜鳴の神事は、水を沸かした釜の上に米を入れた木製の円形の筒を乗せ、釜を熱すると大きな音で釜が鳴り響く。強く、長く鳴るほど良いとされ、この日は参列者が耳をふさぐほど大音量が響いた。はじめ、スピーカーのハウリングではないかと感じていたが、確かに釜が低い音で、「ボウー」と響いた。

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釜鳴(かまなり)の神事 米を入れる

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釜鳴(かまなり)の神事

祭礼の終わりに松前神楽が奏上された。新社務所ということなので、4人舞の四箇散米舞(しかさごまい)が行われた。

四箇散米舞(しかさごまい)、三品舞、三種舞とも云う。
この舞はお目出度い時、新鳥居や今回のような新社務所が建てた等のお目出度い時に行われる舞いである。これは、南北海道だけの風習であるので、見られるのは珍しいと思っていいだろう。
最初が、折敷の手(四角のマスのようなものを持つ)。次は、弓、剣、太刀つ続き、最後は3人で太刀を組んで行われる舞いである。

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四箇散米舞(しかさごまい)

次からは、通常の神楽舞である。福田舞(ふくだまい)、神遊舞(かみあそびまい)、荒馬舞(あらうままい)、二羽散米舞(にわさごまい)、注連祓舞(しめはらいまい)、獅子舞・五方(ししまい・ごほう)、柱固め(はしらがため)、と奏上された。

福田舞(ふくだまい)、跡祓舞(あとはらいまい)とも云う。跡祓舞(あとはらいまい)は、宵宮祭で獅子舞を行わない神社で、一番最後に行うことから跡祓(あとはらい)とも云う。四方の神々を拝し、祓い清めて干ばつ、暴水、火難の災いを除き、五穀豊穣を祈願する舞いである。

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福田舞(ふくだまい)

神遊舞(かみあそびまい)、天皇遊舞(てんのうあそびまい)ともいう。
二人の武人が弓矢を持ち、四方の悪魔を退散し、正しい心に返す意味の舞で、松前藩の威徳を内外に示し、蝦夷地鎮定、天下泰平を祈願した舞である。この舞は、松前藩主6代矩広(のりひろ)公の作品だと伝えられている。

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神遊舞(かみあそびまい)

荒馬舞(あらうままい)、松前遊(まつまえあそび)、正前遊舞(しょうぜんあそびまい)ともいう。城内神楽の神楽修行の際に、たまたま藩主の機嫌が悪くこれを直さんと考え馬が好きな藩主の為に、馬術の様子を即興的に創り演舞したところ大変喜び、機嫌を直したという。

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荒馬舞(あらうままい)

二羽散米舞(にわさごまい)、庭散米とも書き、鳥名子舞(とりなごまい)とも云う。
鶏は天の岩戸開きに暗黒の世より光明の時を告げ、世の始まりに地を踏み固めた瑞鳥であるとされています。雌雄二羽の鳥形の冠を頭に冠し、羽根には雄は瑞雲つまり天を表し、雌は海の波を形どり地を表して、雌雄親しみ和合して、世の中が平和である様を表し、神の恵みの米をまき散らし、千五百秋の瑞穂の国の五穀豊穣を祝う舞いである。

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二羽散米舞(にわさごまい)

注連祓舞(しめはらいまい)、〆引(しめひき)、七五三祓舞(しめはらいまい)ともいう。白扇を四方四隅中央を祓い、真剣を抜き天井に十文字の縄を張った注連縄を切り払い、悪魔退散、国土安穏、千秋万歳を祝して舞う。

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注連祓舞(しめはらいまい)

十二回手が変わるので、十二の手獅子舞と言われる云われている。1年十二ヶ月を形どり、獅子幕も十二反使用するを本格とするのである。五方とは、東西南北と正中(真ん中)を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様を表している。

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十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)

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柱固め(はしらがため)

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十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)

高穂神社は、独自に神楽会があり、祭礼の時にも頻繁に松前神楽が行われていると、いうことだった。来年も機会が合えば、訪問してみたい。

テーマ : 祭り/イベント
ジャンル : 写真

tag : 北海道 松前神楽 釜鳴 神楽

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なるほど

 100キロを越える距離を移動しての旧材を利用しての建物。改めて日本の建築技術の高さを感じます。釜鳴に神事ではご飯が炊けたのかな?、、なんて考えてしまいました。この神社、空港に通ずる道路から、上湯川の団地に行く坂道の脇にある、草に覆われた石段の歩道を歩いていたら、自身が偶然見つけた神社でした。
プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

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