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福島町 月崎神社 本祭

福島町で、松前神楽これだけ連続で見たのは初めてであろう。連続3日間の中で、〆になったのが、月崎神社である。
本当は、午前中に吉野八幡神社の門払いと本祭があったのだが、都合が合わなくなり門払い、本祭の模様を取材できなかった。午後から月崎神社は、夕方に行われ、門払いは行われない。門払いは、福島大神宮渡御祭でこの地域を渡御し、最初の日程で、神輿がこの神社に宿泊することになっている。

創立年代不詳。明応元年(1492)村中にて再建する。古くは月ノ崎観音堂とも称され、万治3年(1660)には社殿が整い、文化3年(1806)8月、月ノ崎大明神社と改められた。更に明治12年(1879)月崎神社と改名。寛永元年(1624)1月16日御神託により、当村名アイヌ語の「オリカナイ村(折迦内)」を「福島村」と改村。後に1月16日を改村記念日と定め、毎年祭典が行われるようになった。慶応2年(1866)に社殿改築、以来再三の修復が行われてきたが、再建500年を記念し、平成4年(1992)7月に本格的な神明造の社殿が完成した。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
羽黒神社 木花咲夜姫命 元和9年創祀 馬形神社 大御食都神 寛文2年創祀 昭和18年合祀
北海道神社庁ホームページより

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月崎神社

↓「続き」をクリックすると続きます。

この神社の祭神といい、名前から何かあるだろうと思い、調べてみると、

当初は月崎ではなく月ノ崎神社の名称で呼ばれていた。 この神社は現在の福島川河口近くの位置ではなく、浦和地区に近い東側の海岸に突出した月ノ崎に建立されていたものと考えられ、祭神の月夜見命(つきよみのみこと)(月読命)は伊邪那岐命(いざなみのみこと)の子で、天照大神の次に出た神で、月は夜、読は教える、つまり月を観て暦を司り、農漁を教え広める神様として古来から尊崇されて来た神である。
春日作の尊像を御神体とした月ノ崎神社は、 『福島沿革史』 によれば、 「明応元年 (一四九二) 野火烈シク月崎神社焼失、 春日作タル御神像光ヲ放シ飛失タリ。 仝年祠ヲ再建セリ、 仝五月十六日川濯神社ヲ建立ス。」 とあって、 野火で焼失した月ノ崎神社を再建したほか、 摂社として川濯かわそ神社を建立したという。 この川濯神社が稲荷山の福島神明社(現・福島大神宮)の境内地に移転するのはのちの事である。
 永禄二年 (一五五九) には福島村開創者の一人といわれる戸門治兵衞が八雲神社を月ノ崎神社の境内に建立した。 八雲神社の祭神須佐男命 (素戔鳴尊すさのをのみこと) は、 天照大神あまてらすおおみかみの弟として天照大神の高天原たかまがはらに対し、 根国 (海原) を治める神で、 戸門家の屋舗神として月ノ崎神社境内に建立されたものである。
福島町史 通説 より

とある。松前神楽を調べると、様々に繋がって勉強させられる。

今回奉納された松前神楽は、鎮釜湯立式(ちんかまゆたてしき)からはじまり、神楽舞は、祝詞舞(のりとまい)、福田舞(ふくだまい)、山神(さんじん)、注連祓舞(しめはらいまい)、獅子舞・五方(ししまい・ごほう)と行われた。

鎮釜湯立式とは、鎮火祭としてこの町内の火災が起きないように祈祷するのと、作物・漁獲量の吉凶を占う神事であり、松前神楽三十三座の中に十二座入っている神事である。

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鎮釜湯立式(ちんかまゆたてしき)

祝詞舞(のりとまい)、弊帛舞(みてくらまい)、榊舞(さかきまい)、ともいう。
その神社の宮司が朝夕玉垣内に参進して、神域を祓い清め、神拝して御幣を奉るという。神職の神明奉仕の姿を表した舞いである。函館と近郊の町で行われる際には、松前神楽奉納となる時、斎主(その神社の宮司)が最初に舞われる舞いである。

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祝詞舞(のりとまい)

福田舞(ふくだまい)、跡祓舞(あとはらいまい)とも云う。跡祓舞(あとはらいまい)は、宵宮祭で獅子舞を行わない神社で、一番最後に行うことから跡祓(あとはらい)とも云う。四方の神々を拝し、祓い清めて干ばつ、暴水、火難の災いを除き、五穀豊穣を祈願する舞いである。

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福田舞(ふくだまい)

山神(さんじん)は、奥山の榊葉を持ち山神を表し、海鳥のしぐさを真似て山神にご覧になってもらい、おなぐさめ申し上げるというもの。

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山神(さんじん)

注連祓舞(しめはらいまい)、〆引(しめひき)、七五三祓舞(しめはらいまい)ともいう。白扇を四方四隅中央を祓い、真剣を抜き天井に十文字の縄を張った注連縄を切り払い、悪魔退散、国土安穏、千秋万歳を祝して舞う。

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注連祓舞(しめはらいまい)

十二回手が変わるので、十二の手獅子舞と言われる云われている。1年十二ヶ月を形どり、獅子幕も十二反使用するを本格とするのである。
五方とは、東西南北と正中(真ん中)を祓い固め蝦夷鎮定、国土安穏を祈る様を表している。

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十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)

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十二の手獅子舞・五方(じゅうにのてししまい・ごほう)

今回3日に渡り、福島町を中心として松前町の熊野神社と連続して取材させてもらったが、さすがに疲れた。2日前は姥神大神宮渡御祭であり、今週は姥神大神宮と松前神楽で過ごした週であった。福島町と松前町で行われている神楽の形式は異なるが、どれも松前神楽であり、歴史を踏んだ北海道の誇れる神事芸能だと思われる。

テーマ : 祭り/イベント
ジャンル : 写真

tag : 北海道 松前神楽 福島町 月崎神社

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神楽縦断

 神楽づくし、車中泊とお疲れ様でした。その他も発生し色々大変でしたね。

お疲れ様でした

3日間に渡る取材お疲れ様でした。北海道に室町時代から神社があった事を知って驚きました。北海道の歴史をググって調べてみたら室町時代には和人の居住区があったと記載されていました。松前藩より先なんですね~。

コメントありがとうございます

不名誉ドットコムさん
この取材に関しては、車中泊はしておりませんよ。車中泊したのは、江差です。

ジョリジョリーナさん
和人も入っていて、それなりに北海道は歴史があるのです。ただ、記録が少ないから、わからないことが多いと思いますよ。
プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

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