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青森県八戸市 八戸えんぶり 2012年 その1

みなみ北海道の郷土芸能の影響は、ほとんど東北地方であります。
このブログのテーマでもあります「松前神楽」も東北の神楽の影響も強く興味があります。
今年から、趣向を変えて「松前神楽」も取材しつつ機会が合えば、みなみ北海道以外の土地や、東北まで行き郷土芸能や神楽の取材をしていこうと思います。今回は、以前から気にしていた「八戸えんぶり」を取材しました。
数回に渡り、お送りします。

「良き候松前神楽」は、とうとう本州に渡り、八戸まで行くことにしました。きっかけは、とあるイベントで見た「八戸えんぶり」でした。ほんのチラ見程度でしたが、以前から気にしていた郷土芸能だったので、日程的にも行ける環境になり、「行くしかない」と感じ行くことにしました。

八戸えんぶりは、毎年日程が決まっており、2月17日~20日と固定で決まっていて、今年は金曜日から月曜までの期間で行われました。前日の一番遅いJR便で八戸入りし、早朝から撮影に挑みました。
午前7時から、長者山新羅神社で奉納するえんぶりを見に行きました。開始前から神社に入ると、もうすでにえんぶり組が、笛・太鼓を鳴らし今日から始まるえんぶりを楽しんでいるようでした。

えんぶりとは、その年の豊作を祈願するための舞で、太夫と呼ばれる舞手が馬の頭を象った華やかな烏帽子を被り、頭を大きく振る独特の舞が大きな特徴です。その舞は、稲作の一連の動作である、種まきや田植えなどの動作を表現したものだそうです。青森の春を告げるお祭りということです。

えんぶりの起源は、

伝説も含め様々な説があるが、南部氏の太祖・南部光行公が奥州下向したころに始まったというのが通説である。

【通説】
鎌倉時代の始め、後の八戸八戸藩主南部光行は、頼朝から奥州糠部郡を拝領し、甲州(今の山梨県)から当国へ下ってきた。
奥州で迎える初めての正月、光行は自分の家来達に武装させ、有力者たちの家を訪問させたが、酒の勢いのためか家来達は抜刀乱舞したため、家人たちは恐れ慄いた。

このとき、その場に居合わせた農民藤九郎という機転の利く男が、賑やかに田植歌を歌い、農具を手に持って踊ったところ、家来達は刀を納めてその様子を見物した。

鳴子板をふり、田んぼの土をならす仕種を踊り終えた藤九郎が、南部家を祝福する口上を述べたところ、それが吉例となり、えんぶりが行われるようになったという。



八戸えんぶり 2012 長者山新羅神社
神社奉納前のお囃子

えんぶりの象徴ともいえる烏帽子を被ったのは、「太夫」と言われていて、烏帽子は馬の頭を表しているいわれ、各組で絵柄が異なります。たてがみにあたる部分は「田の神様のより代」といわれ、五色のの色紙が厚く貼り並べられています。

八戸えんぶり 2012 長者山新羅神社
長者山新羅神社

子供たちも化粧をして、参加しています。

八戸えんぶり 2012 長者山新羅神社
長者山新羅神社

神職より、祓われ玉串奉奠が行われ、神社の本殿前で、奉納摺(す)りが行われます。えんぶりを行うことを摺(す)るというそうで、太夫(烏帽子を被っている人)が行います。

八戸えんぶり 2012 長者山新羅神社
長者山新羅神社

数回に渡り、八戸えんぶりの様子を紹介します。


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テーマ : 祭り/イベント
ジャンル : 写真

tag : 青森県 八戸市 郷土芸能 八戸えんぶり 2012年

プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

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