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福島町 第15回かがり火コンサート 松前神楽とジャズの夕べ

かがり火コンサートも15回を迎え、松前神楽と現代音楽ということで行われて来ましたが、先代宮司没後、一昨年・昨年と松前神楽のみの奏上コンサートでしたが、今回は15回目を記念し従来の「かがり火コンサート」になりました。

今年の「かがり火コンサート」は、松前神楽と長谷川雅志氏祝福のインスタレーションとジャズのコラボであります。新調したのぼりもいい感じであります。

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かがり火コンサート旗

会場には、250名の観客がいらっしゃったようです。松前神楽とジャズのコラボを楽しまれていました。

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福島大神宮土俵

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かがり火



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テーマ : お祭り&行事
ジャンル : 地域情報

tag : 北海道 郷土芸能 松前神楽 神楽 福島町

美瑛町 美瑛神社御神幸 美瑛親子獅子舞

昨日より、取材させてもらっている美瑛神社例大祭であります。

昨夜の那智・美瑛火祭りから明けまして、本日は御神幸(神輿渡御)でトラック・バスで移動し、各旅所で神事が行われ、神楽が奉奏され、郷土芸能美瑛親子獅子舞が行われます。旅所は、19カ所あり、朝8時に出発して神社に戻るのは午後6時頃であります。
美瑛親子獅子舞の責任者の方にお話をさせてもらい、同行させてもらうことになりました。


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出発前に準備をする美瑛親子獅子舞保存会の人達

写真は前後して掲載しますが、各旅所に到着すると神事が行われ玉串奉納が行われ、神楽奉奏され、美瑛親子獅子舞が奉納される。

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神事が行われて、浦安の舞の奉納

初めて見る、美瑛親子獅子舞である。

1894(明治27)年に神楽村の未開地であった美瑛に入植した富山県氷見市久目地区の人々が伝承した獅子舞が起源といわれています。現在も毎年7月25日に行われる美瑛神社祭にて、その伝統の舞が披露されています。
 獅子舞は、百足獅子と呼ばれる勇壮なものです。長い胴幕の中に4~5人ほどが入ります。面と烏帽子を身につけた天狗が1mくらいの木の槍をもち、先頭にたちます。楽器は太鼓が主体で、リズムに合わせて、天狗が獅子を討つ所作をします。
 現在、演目は二つ(ひとつあし、やつあし)が継承されています。


北海道文化資源データベースから引用

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美瑛親子獅子舞

獅子を演ずるのは4人と天狗1人と合計5人で行われる、富山県から伝わった郷土芸能である。この町の入植者は、和歌山県、富山県から入り開拓してきたと思われます。
見ていると、松前神楽の佐々良(ささら)であるようにも見えます。天狗(猿田彦)が、獅子を手玉にしてもてあそぶ様は似ています。

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tag : 北海道 郷土芸能 美瑛町 美瑛親子獅子舞

美瑛町 美瑛神社宵宮祭 那智・美瑛火祭り

今回は道南地区を離れ、松前神楽の取材ではありません。
丘の町・美瑛町まで足を運び、北海道の郷土芸能の取材です。
美瑛町は、風景写真の大御所の前田真三さんがいらした町で、丘の風景は北海道のイメージと言ってもいいくらいの知名度ですが、美瑛の火祭りがあることを知りました。那智火祭りは日本の三大火祭りに入る有名でありますが、由緒を見ると和歌山県からの入植者が関連で美瑛に伝わっています。


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美瑛神社

美瑛神社の由緒は、

明治29年4月和歌山より熊野団体27世帯が現市街地に入植、明治30年父母を迎える為郷里に戻った木下四郎により旧官幣大社熊野坐神社より「家都御子命」の御分霊を受け敷地楢の大木に「小祠」建立。仮の社殿としてお祀する。その後市街地「丸山山頂・憩ケ森」と移り、明治40年旧西町に社殿を造営遷座、村名をとり美瑛神社とする。大正5年1月15日美瑛神社創立許可下りる。大正15年11月15日公認無各社指定。昭和5年6月12日村社に列せられる。同年7月12日神饌幣帛料供進神社指定。昭和28年3月5日宗教法人となる。同43年11月新社殿造営、同55年11月新社務所完成、同鳥居建立、平成7年10月11日神社移転に伴い、西町1丁目より東町4丁目に移転造営「遷座祭」執行、移転により神社諸施設「社務所外」建設する。平成8年神社御創祀百年記念事業奉賛会を設立、平成9年秋「百年記念奉祝祭」執行、記念事業として「渡り廊下新設・神輿殿・舞台・社号標建立・記念碑建立・第2鳥居建設・玉垣新設」等の事業をする。


※いつもながら、北海道神社庁から引用

美瑛神社にご挨拶に行き、宵宮祭で行われる火祭りについて詳細を聞くことが出来ました。突然の訪問にも関わらず丁寧に教えてもらい、撮影の許可も貰いました。禰宜さんに感謝です。(お世話になりました。)
ちなみに神楽は、雅楽の豊栄の舞いと浦安の舞いが行われるということでした。宵宮祭の中でも本殿で行われるようでしたが、御神幸の中でも行われるようなので、宵宮祭での神楽の取材はしないで、火祭りに集中することにしました。

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神職・氏子関係者が並び準備に入る

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祭礼が行われる

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鳥居をくぐり、本殿に向かい宵宮祭がはじまる


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tag : 北海道 神事 美瑛町 美瑛神社 那智・美瑛火祭り

福島町 白符大神宮例祭 白符荒馬踊り

白符大神宮例祭で行われている白符荒馬踊りであります。
まだ白符小学校が廃校になる前には、小学校の運動会等にも披露されていたようです。この白符地区の人達によって伝承され続けてきました。

白符荒馬踊り福島町白符に伝わる踊りです。室町時代に津軽からニシン漁に従事するために渡ってきた人々の往来や交通を通して伝承されたと考えられています。
 勇壮な荒馬踊に、「棒ふり」や扇を持った「ヤセヤセ踊り」(はやせはやせの略語で戦勝祝福の意)、頭に白髪をかぶった蝦夷(アイヌ民族)をかたどって帰順を表す「杵振舞」などで構成されています。これらの所作や音曲には、青森のねぶたのハネトと共通の要素がみられます。


北海道文化資源データベースから引用

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上2枚 神社前で行われる白符荒馬踊り

神社前で行われる白符荒馬踊りの動画です。携帯で撮影しましたが雰囲気だけは伝わると思います。




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tag : 北海道 郷土芸能 福島町 白符荒馬踊り

福島町 白符大神宮本祭 2010

昨日は、尻岸内八幡神社の直会祭の取材のつもりが時間帯を勘違いし、神社に到着したら静かな雰囲気で聞くと、午前中に行われたようで、神楽を見る事は出来ませんでした。
度々に取材させてもらっている福島町・白符地区にある、白符大神宮の本祭であります。

私的にも思い出の深い神社でありまして、ここは郷土芸能の白符荒馬踊りがあり、楽しく見させてもらっています。神楽取材と郷土芸能の取材と出来て、私的にも一石二鳥で取材が出来ますので、有り難い所でもあります。白符荒馬踊りは、分けて紹介しようと思いますのでそちらをご覧ください。

白符大神宮の由緒は、

寛文6年(1666年)松前藩松前美作守景広建立する。旧藩松前岩松直筆の額並に御附幕1張奉納あり。年中神事料として旧藩松前熊五郎廣昭より廩米4斗81俵と金1両年々賜り、嘉永3年に至りて廃せられ、村社列格後祭典修繕等白符村中にてこれを行う。昭和17年1月2日拝殿焼失し、同年10月15日神明造にて新築落成する。旧社格神明社は、明治9年10月、白符大神宮と改められ、村社に列せられた。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
恵比須神社 事代主神 享保2年合祀・熱田神社 日本武尊 明治4年合祀・鹿島神社 武甕槌神・稲荷神社 宇迦廼御魂神 宝暦8年創祀 大正4年合祀・荒神神社 素戔嗚尊 享保元年創祀 大正5年合祀
宇迦廼御魂神・素戔嗚尊


※いつもながら、北海道神社庁から引用

松前景広は、初代松前藩主・松前 慶広の六男で、『新羅之記録』の著者でもあります。
神社建立に関して、木古内町の佐女川神社も松前景広が寛永2年(1625)に建立と云われています。

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白符大神宮

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門払い行列

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tag : 北海道 神事 神楽 松前神楽 郷土芸能 白符荒馬舞 福島町

寿都町 寿都神社宵宮祭 2010

昨年初めて、取材させてもらった寿都町・寿都神社宵宮祭を取材させてもらいました。
神恵内厳島神社本祭の松前神楽を見てから、しばらく時間があるので別の取材をして寿都町に向かう事にしました。まずは神社に行き、宵宮祭の時間を聞きに行きました。丁度宮司に会い宵宮祭の時間を聞きまして、宵宮祭まで時間を潰しました。

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寿都神社

寿都神社の由緒は、

寛永4年(1627年)4月、北海道に向かう筑紫国の弁天丸という船が折からの暴風により遭難し漂流の後、寿都湾で座礁大破した際、幸いにも乗組員は神の御加護と地元住民の御陰で無事救助されたことに感謝し、船中に祀っていた弁天神を岩崎村の祠に奉祀、神鏡を納めて海上安全の主神として奉斎したことに始まる。後にこの近辺が松前藩士鈴木喜三郎の知行する漁場となってからも漁民たちから篤い信仰を受け、協議の結果、社を新たに建立した。明治5年8月厳島神社と改称し郷社に列せられる。同13年11月12日、現在地に遷座。同32年10月23日、本殿ならびに幣殿を新築、同年に強風の為に境内の稲荷神社が損壊したので、本社に合祀を出願し、翌33年3月28日に許可が下る。同34年12月、神楽殿並びに社務所を増築、大正6年には本殿と社務所を改修した。同14年9月30日、村社稲荷神社を合祀、11月には寿都神社と改称する。昭和5年7月には境内地を増やして整備し、寿都敬神会の寄付により神楽殿を再建した。昭和52年11月、国道229号線道路改修の為、現在地に移転と成り、御社殿、神楽殿、神輿殿、社務所等境内建造物を改築する。同年11月三町稲荷神社を境内社と遷座して現在に至る。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
稲荷神社 豊宇気比売命  大正14年9月30日合祀・稲荷神社 倉稲魂命 明治33年3月28日合祀


※いつもながら、北海道神社庁から引用

神社の歴史を見れば、その場所の歴史も見えてきます。
宵宮祭終了後、この神楽殿で松前神楽奉納が行われます。

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神楽殿

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神輿

神輿を手直しされたそうなので、明日の渡御は見られないので、神輿殿から撮影させてもらいました。

宵宮祭の前に、神社に到着してみると奴行列が神社にお参りに来ていました。その後、全員でお祓いをしていました。

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上2枚 奴行列

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お祓いを受ける奴行列関係者


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tag : 北海道 神楽 松前神楽 寿都 寿都神社

神恵内村 神恵内厳島神社本祭

今回、初めて取材させていただく神恵内厳島神社であります。
ここには常勤の神職はいないらしく、仁木町・仁木神社の宮司が兼務している神社であります。神楽保存会もあり、松前神楽の歴史を見ても取材しなければならない神社と思っていました。本祭では、神楽保存会の舞いを見ることが出来ないが、本祭でいい神楽舞を見させてくれたらと思いつつ、つい遠くまで足を運んでしまいました。

神恵内厳島神社の由緒は、

文禄3年(1594)5月、近江国柳川村田付城主田付景春が、3代目兵庫介景輔の3男景豊に奥羽地方の漁民を誘導し、西蝦夷地フウーレ(神恵内)を開発した。慶長8年(1603)5月田付家居城の例に習い、保食神を祭神として創祀。承応元年5月15日、漁業並に航海等に威徳を垂れ給う神霊を祀り将来の隆昌を祈らんと、主祭神に安芸国宮島の厳島宮より市岐島姫大神、配神に播磨国海神社より大綿津見神、讃岐国金毘羅宮より大国主大神を祀る。宝暦2年(1752)5月15日、領主12代松前若狭守資広公より富留(古宇)総鎮守大弁財天の社号を賜る。天明2年(1782)5月、領主松前道広公自筆の神号額を付けられ、松前家崇敬神社21社の格式となる。安政2年(1855)2月、社号を厳島宮とする。明治4年社号を厳島神社と改称す。明治8年郷社に列せられる。明治33年4月21日、神恵内大火の為、社殿を焼失。明治43年本殿、大正元年、幣殿・拝殿を造営。平成10年7月社殿改修現在に至る。


※いつもながら、北海道神社庁から引用

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神恵内厳島神社

正直、神恵内については知らなかったことが多かったです。松前家崇敬神社21社の格式になり、松前藩の歴史がここにまで来ているとは思わなかったです。


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tag : 北海道 松前神楽 神楽 神事 神恵内

函館市 山上大神宮宵宮祭

以前にも山上大神宮の松前神楽を撮影させてもらいましたが、このブログをはじめる前に取材していましたので、このブログでは初めて紹介させてもらいます、函館市の山上大神宮であります。

私が松前神楽を取材しはじめて間もない頃に取材をしまして、様々な所に取材をしていると、山上大神宮の宮司さんの舞いを見る機会があり、舞い方から楽までの姿を見ていて素晴らしいと感じていました。

山上大神宮の由緒は、

社伝によると応安年間藤坊という修験者が当地に渡来、亀田赤川村神明山に草庵を結び伊勢神宮の御分靈を奉斎したことに始まる。明暦元年(1655年)5月、尻澤邉村(現在の住吉町)に移転遷座し、箱館神明宮と称した。天和2年現在の西消防署弥生出張所付近に移転し、明治7年、従来の神明宮の社名を、この地の山ノ上町をとり山上大神宮に改称し、明治9年郷社に列せられる。同11年11月と翌12年12月に大火にて類焼、一時住吉町の住吉神社に仮遷座し、同15年9月、船見町85番地に社殿を新築して移転、同35年11月、同町125番地に移転改築された。同40年6月、神饌幣帛料供進神社に指定される。昭和5年6月、社殿以下全ての改築を行い同7年3月に竣功した。また、当神社は箱館戦争の折、榎本武揚率いる旧幕府軍に加わった桑名藩主松平定敬の御座所にも使用されている。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
稲荷神社 倉稲魂神・川濯神社 木花開耶姫命・匠廼祖神社 手置帆負命、彦狭智命・出雲神社 大国主命・住吉神社 中筒男命・秋葉神社 迦具土神、火産霊神・薬師神社 大己貴命、少彦名命・天満宮 菅原道真公


※いつもながら、北海道神社庁から引用

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山上大神宮

幕末の頃、第8代宮司・澤辺琢磨(旧姓・山本琢磨)は、天保6年(1835年)、土佐国土佐郡潮江村(現在の高知市)に土佐藩の郷士である山本代七の長男として生まれます。山本代七の弟・山本八平は同じ土佐郷士の坂本家に婿養子として入り坂本直足と改名、次男に坂本龍馬をもうけており龍馬とは血縁及び実質上の従兄弟同士であります。また琢磨の母は武市瑞山(半平太)の妻である富子の叔母であります。
酒を飲んでの帰り道に拾った金時計を酔った勢いで一緒にいた友人と共謀し時計屋に売ってしまい直ちにそれが不法なものであることが発覚して窮地に追い込まれます。訴追を逃れるために龍馬や半平太の助けを得て江戸を脱出し、様々な所を渡り函館に落ち着きます。函館では持ち前の剣術の腕が功をなし、それがきっかけとなって道場を開くと町の名士たちとも親交を持つようになり、そんな中で知り合った箱館神明宮(現・山上大神宮)宮司の沢辺悌之助に請われて娘の婿養子となり、以後、沢辺姓を名乗る。後に日本ハリストス正教会の初穂(最初の信者)となり、改宗して当宮を去りました。
今年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」第9回「命の値段」で、山本琢磨のエピソードが登場しました。

祭典のお手伝いをしている女性に聞いて見に行って見たのが、境内に蛇の彫物をした岩があります。
詳細のいわれも知りませんが、その女性に聞く所によると祈願すると福をもたらすそうで、お金に縁があまりない私がお願いしてきました。

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境内にある岩

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tag : 北海道 松前神楽 函館式 山本琢磨 坂本龍馬 武市半平太 龍馬伝

函館市 尻岸内八幡神社宵宮祭 2010

今年も取材させてもらう、尻岸内(しりきしない)八幡神社の宵宮祭にお邪魔させてもらいました。
昨年は、宵宮祭から直会祭、そして渡御と見せてもらいました。今年はあちらこちらに行こうと思っているので、宵宮祭と直会祭に行こうと考えています。
と思いつつ、宵宮祭の時間にも遅れてしまい、急いで本殿まで駆けつけ、神楽を見る事ができましたが、この地域は宵宮祭に来る参詣者が多く、いつも混雑していました。「お神楽を見る」という習慣というか、祭りに松前神楽ありと思われている有り難い参詣者であります。

尻岸内八幡神社の由緒は、

創立年代は社記に依れば第108後水尾天皇の御代元和2年(1616年)の創立にして天和・享保・明和・文政年間修営。
文久2年(1862年)3月再修営。明治9年(1876年)郷社に列す。大正4年(1915年)9月幣帛供進神社に指定、大正10年本殿幣殿拝殿改築落成更に同年神饌所神輿殿落成する。その後平成10年に神饌所を全面改築し現在に至る。昭和21年宗教法人令に依る手続を了し更に昭和26年宗教法人となる。平成4年神社本庁の承認を受け神社名を尻岸内八幡神社と改称した。


※いつもながら、北海道神社庁から引用

江戸時代からある神社で、歴史を見るとその土地柄、風習が見えてきます。神社の歴史は、町の歴史であり、どうゆう方面の人間が出入りしていたがよく理解出来ます。道南には古いお宮が多いのです。

神楽奉納の前に「神楽初(かぐらそめ)」が、行われこれから神楽が序曲であります。
舞いが行われず、神前にて笛・太鼓・手拍子だけで行われます。

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神楽初(かぐらそめ)

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tag : 北海道 神楽 松前神楽 神事

鹿部町 鹿部稲荷神社本祭 2010

今年も取材させてもらった鹿部稲荷神社は、松前神楽の座数(演目)も多く行われていることもあり、訪問させてもらっています。宵宮祭に引き続き、松前神楽奉納を取材させてもらいました。

鹿部稲荷神社の天井には、様々な絵があり楽しく見る事ができます。枚数も多く、見ていても飽きませんが、首が痛くなりますのでご注意下さい。

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鹿部稲荷神社天井の絵

本祭では、鎮釜湯立式が行われます。
鎮釜湯立式とは、鎮火祭という火を鎮める神事であります。釜でお湯を焚きホムスビノ神とミズハノメノ神をお祭りし、火(霊)を祓い清め、釜に向かい神歌を奏で鎮釜・鎮火を行います。また、湯笹で四方を拝し祓い清め除災招福を修します。この笹湯は祓われて外清淨(げしょうじょう)を治し、飲んで内清淨(ないしょうじょう)を良くすると言われています。作物・漁獲量の吉凶を占う神事であり、松前神楽三十三座の中に十二座入っている神事であります。湯立十二座の全てではありませんが、行われます。

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鎮釜湯立式・釜清め

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鎮釜湯立式・湯立

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鎮釜湯立式・湯上

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鎮釜湯立式・湯上

※鎮釜湯立式の詳細は、こちらです。


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tag : 北海道 神楽 松前神楽 鹿部町

鹿部町 鹿部稲荷神社宵宮祭 2010

毎年、取材させてもらっている神社であります、鹿部稲荷神社であります。
松前神楽の知識をお持ちになっている宮司さんに、いつもお世話になっております。押さえなければならない神社でありますので、毎年取材させてもらっています。

鹿部稲荷神社の由緒は、

安永9(1780年)年6月10日漁業守護神として松前藩領主松前道長公に請願。社殿の建築落成の上御霊代の御遷座祭を斎行する。文化3(1806年)年7月8日社殿の腐朽により本殿拝殿再建落成の上御遷座。後鹿部村の産土神社と定め届出、鹿部稲荷社と号した。嘉永2(1849年)年伏見稲荷神社より御分霊を戴き祭神とする。安政4(1857年)年奥州箱館奉行所を経由日本惣本宮より正一位鹿部郡稲荷大明神安鎮之事の宜贈を賜り鎮魂祭を執行する。明治7(1874年)年箱館郡役所を経由鹿部稲荷社午村社稲荷神社と御昇格の御指令を賜る。明治37(1904年)年社殿の全面改築落成の上御遷座祭を斎行する。昭和元年(1926年)渡島支庁経由鹿部稲荷神社を神饌幣帛料供進指定神社となる。昭和19年(1944年)大修繕を行い同31年宮浜56番地より現在地に移転増改築する。その後社殿腐朽により全面改築をし総桧木材で権現造の社殿を建立し平成6年(1994年)12月22日遷座祭、翌23日落成奉祝祭を斎行し現在に至る。



いつもながら、北海道神社庁から引用

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鹿部稲荷神社


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tag : 北海道 神楽 松前神楽 鹿部町

函館市 赤沼本山妙要寺 うしみつ参り

このブログで紹介しようか悩みましたが、今回の取材したのは、「神社」ではありません。
今回はお寺の取材です。

函館の日蓮宗のお寺で、中野ダム公園の近くにそのお寺があります。
とある本から、「函館・妙要寺のうしみつ参り」を知り、「うしみつ参り」というのは何だろうと、疑問でした。
丑三つ時に、お寺にお参りするのかな?と考えていました。これは、お寺に問い合わせようと思いつつ、数年が経ち、今月に入り或る時にふと「うしみつ参り」のことを思い出し、日程を調べてみると今日であった。これは、直ぐにお寺に聞きに行こうということで、お寺に直接飛び込みの取材をすることにしました。

早速、お寺の門に垂れ幕が見られました。
「やはり今日で間違いない」と感じ、お寺に向かうことにしました。

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tag : 北海道 函館 赤沼本山妙要寺 うしみつ参り 赤沼 あかぬまさん

小平町鬼鹿地区 鬼鹿厳島神社神輿渡御祭 2010年 その2

引き続き、7月3日(土) 小平町鬼鹿厳島神社神輿渡御祭の模様です。

午前中は、トラック・バスでの門祓いを行いながら、各所に止まり祈祷と神楽奉納をして回りました。
午後からは、鬼鹿の中心街を渡御します。ここから、四箇散米行列(しかさごぎょうれつ)と奴行列と、神輿はトラックから下ろされ、担ぎで渡御します。

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四箇散米行列(しかさごぎょうれつ)

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奴行列

ここは前回でも書いたように、鰊漁で栄えた町であるので、労働唄としての沖揚げ音頭も当然のように唄われている土地であります。神輿渡御の掛け声が、この沖揚げ音頭と言うところも珍しいと思われます。町の風土と歴史が物語る、鬼鹿らしい雰囲気が出ていて昨年は大変気に入りました。写真と動画をお楽しみください。

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沖揚げ音頭を唄いながら渡御




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小平町鬼鹿地区 鬼鹿厳島神社神輿渡御祭 2010年 その1

2010年7月3日(土)

昨年にも訪問させてもらった北限の松前神楽で、小平町鬼鹿まで取材してきました。昨年の11月に鰊番屋行われた後志の松前神楽の合同のイベントの会場が鬼鹿で、行けなくて残念でありました。
松前神楽を見るにはイベント会場で見るのもいいと感じられますが、やはり例祭の時期に見るのが一番であると思います。その場の雰囲気や、そこの土地の人柄や歴史も感じられ、1番いい環境であると感じられます。鬼鹿には、鰊番屋という最高の場所がありました。この松前神楽も鰊漁が運んだ伝統神事であるので、意味合いから歴史も感じられ最高の神楽する場であると思っていましたが、どうにも行けない事情により訪問できませんでした。

この神社の由緒は、

天明6年松前郡福島の栖原彦右衛門が天登雁村に創祀したと伝わる。明治12年村社となり明治41年鬼鹿村の市街地化により天登雁村より鬼鹿村(現在地)に遷座する。奥場所といわれた留萌地方にあって当社も鰊漁に従事する網元や漁業者の崇敬が厚く、現在も継承されている。明治36年より松前神楽が伝承され、鰊漁華かな時代には盛んに松前神楽が奉納され現在もその活動が盛んである。昭和21年宗教法人を設立、現在に至る。


いつもながら、北海道神社庁より引用

鰊漁が盛んな時期に、松前郡福島町から人手が多くこの鬼鹿まで出稼ぎに来ていたこともあり、この松前神楽が伝わってきた歴史があります。やはり、この場の歴史と人達が祭りで味わう雰囲気を味わい、松前神楽を見ることはそれなりに意味があると昨年感じられました。そういうことで今年もお邪魔させてもらいました。

午前8時から神輿渡御の祭儀が行われ、大鳥居から漁港までを練り歩きます。

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漁港に向けて出発準備をする

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tag : 北海道 神楽 鬼鹿 松前神楽

プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

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