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函館市 高穂神社 秋の感謝祭宵本祭

昨日の宵宮祭(11/2)は、所用の為に早めに帰宅したが、体調不良から発熱し夜間で熱を下がることに成功したので、本祭に行くことにした。
昨日から全国的に寒く、12月の気候で初雪を記録した。昨日から身体が寒く、「変だな」と感じていて早めに帰って良かった。

秋祭り本祭(11/3)は、拝殿の方で行われ、榊舞(さかきまい)が奏上された。拝殿では、この榊舞(さかきまい)だけ行われた。

榊舞(さかきまい)、弊帛舞(みてくらまい)、祝詞舞(のりとまい)ともいう。
その神社の宮司が朝夕玉垣内に参進して、神域を祓い清め、神拝して御幣を奉るという。神職の神明奉仕の姿を表した舞いである。函館と近郊の町で行われる際には、松前神楽奉納となる時、斎主(その神社の宮司)が最初に舞われる舞いである。

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上・2枚 榊舞(さかきまい)

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tag : 北海道 松前神楽 釜鳴 神楽

函館市 高穂神社 秋の感謝祭宵宮祭

今年の春の例祭に撮影させてもらった上湯川にある、高穂神社で秋の感謝祭が行われ、松前神楽も奉納されるということで、取材させてもらった。宵宮祭は11月2日に、本祭は11月3日に行われる。3日の方は、新社務所となるので、四箇散米舞(しかさごまい)や獅子舞の柱固めが行われるようである。

この神社の神楽会の人からお知らせ頂いての取材である。最近になってから、ブログを通じてお知らせをもらう機会が出てきた。嬉しい限りである。

takaho_nov09_01.jpg
拝殿(左)と新社務所(右)

この神社の由緒は、下記の通りである。

明治以前より当地付近一帯は前多氏の所有する田畑であった。明治四十四年、前多氏が損壊していた祠を新たに立て直し尊祀するも、その後、佐々木氏が前多氏より譲り受け居を構え、感ずるところありて付近に点在していた神々様を合祀し、農業を営む傍ら幾多の困難にも挫けることなく、いよいよ強固な敬神の心で世に打ち迷う人々の心の支えと共にご神徳は村内外に広まり、済われし人々等が上湯川の氏神様と斎き祀るなり、前多氏初代より佐々木氏四代に亘り御神徳発揚に勤め幾多の遍歴を重ねながら、昭和二十年敗戦の衝撃と戦後の混乱の中にあっても敬神の心は変わることなく乗り越えられたが、世代は変わり時の移りと共に昭和四十年、当地の付近一帯は団地造成が始まり、付近一帯は函館市より買い上げられる事態となり、佐々木氏もやむなく此の土地を離れ、以来、上湯川の龍神様の尊称も次第に忘れ去り尊敬する人もなく、日増しに損壊する状況であったが、昭和五十五年七月、現宮司が神告により復興し、再び鎮座することとなった。
 明治四十四年を開基、昭和五十五年を神社創建と定め、以来、神道強化育成と共に境内、神社の整備に邁進して、信者・崇敬者の個々論心の拠りどころ、地域に根ざした鎮守の社の杜として、祭祀を厳修し、御神徳の昂揚に勤め、信者・崇敬者・地域住民の真心に応え奉らんとする。
 当地は古来より聖地であるものの、祠をお祀りした文献や由緒書などは何ひとつ残っていないが、歴代にの神守と古老の口伝によるもので、現宮司、神守として六代、祈祷師として三代目である。


神道大道のホームページより引用

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プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

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