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江差町・郷土芸能 江差餅つき囃子

昔の江差は年越しの餅つきは、実に大変な量をついた。餅つきの日取りはその各家の年中行事として決まっていて、その日が近づくと、使用人・出入職人に新調の衣装を身を清め、芸者の三味線・笛・太鼓等に合わせて、のど自慢の唄を合いの手に景気よくつきあげる。この餅つきの様子を芸能化し、慶事に演出して伝承されている。

威勢のいいテンポではじまり、軽やかに餅がつかれていき、餅を持ち上げる様はコミカルに演出し見ている方も楽しませてくれる。
この郷土芸能は、江差のイベントや結婚式で行われているらしく、公演回数も多いと思われる。ついた餅は、会場にいる人達に振る舞われる。つきたての餅は、格別!

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江差餅つき囃子 最初は大きく餅をつく
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餅を持ち上げる光景
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tag : 北海道 江差 郷土芸能 江差餅つき囃子

江差町・郷土芸能 江差鮫踊り

引き続き、江差町・郷土芸能フェスティバルの中で行われた郷土芸能を紹介したい。

江差鮫踊り
江差の鰊漁にとってサメは厄介な存在だった。網を破り、鰊を徹底的に食い散らかして困り果てていた。そこで、漁夫達は手に手にこん棒を持ち網の中に入ったサメを撲殺した。その数はおびただしく海面が血で真っ赤に染まるほどであった。鰊を江差にもたらしたのは、鮫やシャチが追ってきたから、感謝はしていた。そのサメを感謝の意味を込めて供養する意味で、サメが網の中でのたうち回る様を踊りに脚色して、お盆に供養として踊るようになったらしい。

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昨年の江差鮫踊り

tag : 北海道 江差 江差鮫踊り

江差町・郷土芸能フェスティバル その2

引き続き、江差町・郷土芸能フェスティバルで行われた郷土芸能を公開したい。

江差町といえば、「江差追分」であるが、この唄に踊りを付けたのが、「江差追分踊り」である。衣装は、アイヌ風の衣装をし舞う。文化文政(1804-1829)時代に、座敷踊りとして芸子の間で踊られその由来は、アイヌ同士が交歓の際に、海辺に住むアイヌが唄を歌い、山の女アイヌが、熊祭りの振り付けで踊ったとの伝承がある。慶応4年(1868)歌舞伎俳優の市川弁之助が江差で興行した際に、彼の振り付けで櫓を押す形や、カモメが飛ぶ仕草を入れて、それが伝承されて現在に至っているようである。江差追分は、それだけの歴史があり、人気のあり全国の愛好者が多い民謡である。北海道が誇れる郷土芸能といっても過言がではないだろう。

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江差追分踊り

今年、初めて見せてもらったのが「江差田沢鹿子舞」である。存在は知っていたが、見た事がなかった。現在は、子供達に後継しているらしく、練習を積んだ成果を見れた。ここ周辺の獅子舞は、「鹿子舞」であり「鹿」が舞うのである。ここの鹿子は5匹で構成されていて、他の鹿子舞の中でも一番多く鹿子が出る。
この鹿子舞の由来似ついては、地元の原田長右衛門氏(1858年-1951年逝去)が下記のように語られ、記録している。当時松前藩主の奥方が重い病で憂鬱な日々を過ごしていて、ある日ヤマメが食べたいとのことで、田沢の数人の若者が松前藩主の命により、谷川にヤマメを捕りに出た。山奥に入って行くと、あまりに変わった鹿の鳴き声に足音を忍ばせ、ヨゴミ・ススキをかきわけてその様子を見たところ、オス鹿3頭、メス鹿2頭、計5頭の鹿がいた。小川にかかる一本の丸太橋の上には心配そうに見ている母鹿の前に若いメス鹿を置き、オス鹿3頭が角を突き合わせ、我こそこのメス鹿を我が物にと、落とされても這い上がり、最後に勝ち残った1頭のオス鹿が若いメス鹿を連れ去った。この様子を松前藩主に進言したところ、大変興味をもって、ぜひその様子をひとつの舞いにまとめるように命じた。なんとかこの様子を舞いにまとめ松前藩主に披露され、藩主も満足しこの鹿子舞には我と同等の位を授けるということになり、現在に伝わる警護棒を先頭に行列が進められ、昔はこれを横切ることは絶対に禁止とされていた。藩主の奥方は、自分の持っている最高の帯をこの鹿子舞に賜ったとも言い伝えられている。

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江差田沢鹿子舞

更に、次にまた江差の郷土芸能を紹介したいと思う。

tag : 北海道 江差 郷土芸能 江差追分 田沢 鹿子舞

江差町・郷土芸能フェスティバル 

毎年行われている江差町・たば風の祭典。一年を通して一番寒さの厳しい2月には、北北西から西北西に季節風「たば風」が吹きつけます。その風に負けないように、様々なイベントが行われます。その一つであるこの「郷土芸能フェスティバル」が行われた。
この「郷土芸能フェスティバル」では、江差郷土芸能が全て見れるイベントである。年間を通じてもこのようなイベントは無く、このときにしか見れない郷土芸能もある。今回掲載したのは、「五勝手鹿子舞」「江差沖揚げ音頭」である。
江差には、鹿子舞が3つもあり、その一つであります。各鹿子舞も特徴もあるが、設定はほぼ同じと言えるが、表現が異なる。五勝手鹿子舞は迫力のある踊りであり、勇猛な鹿を表現している。

江差沖揚げ音頭は、ニシンの魚場に向かう所から始まり、帰ってくるまでのストーリーである。ほとんど江差でも採れなくなったニシンではあるが、当時の音頭が風土にも残り、姥神大神宮渡御祭にも披露される「切り声」もこの音頭に含まれている。

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五勝手鹿子舞
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江差沖揚げ音頭

次回は、違う郷土芸能を紹介したいと思う。

tag : 北海道 江差 郷土芸能 獅子舞

プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

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