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平成22年度 檜山管内郷土芸能祭

毎年江差町で行われている、郷土芸能の祭典でありますが、ここ3年ぶりに取材してみました。
「檜山管内」というタイトルに入っているので、近郊の郷土芸能が見られました。

種類としては、太鼓、舞踊、民謡、三味線、芸能(鹿子舞等)があり、3年前は江差だけで行われてきた郷土芸能祭とは、コンセプトを変えて行われていました。
私自身の会場入りが遅れてしまい、太鼓は見られませんでした。

今回注目したのは、乙部町の丹波節でありました。平成に入り、踊りを添えて復活しましたとパンフレットに書いてあり、貴重な節に新たな歴史を刻み伝承していこうという気持ちを感じました。

江差三下りは、江差追分節が完成する過程の元唄で追分節の母体であると云われています。
信州馬子唄(小諸馬子唄・馬方三下り)が越後路に入り、越後の船頭衆や舟子によって唄われ、山の旋律から海の旋律に編集され(越後追分)、されに日本海を北前船によって運ばれ、江差に伝わったと云われます。
江差の繁栄の中で主として、浜小屋や茶屋で唄われ、女(あやこ)等によって遊里の唄、座敷唄となり、三絃の三下りの調子として完成し、伝承されてきました。
※解説は、パンフレットから引用しました。

江差三下り
江差三下り

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tag : 北海道 郷土芸能 江差町 乙部町 江差三下り 江差五勝手鹿子舞 江差追分踊り 江差餅つき囃子

厚沢部町 新春町内鹿子舞交流会

数年前から一度行きたいと思っていました、厚沢部町の「鹿子舞」の交流会を取材してきました。
通常、「獅子舞」と書きますがこの地区の獅子舞は「鹿子舞」なのであります。

会場は、厚沢部町町民交流センター「あゆみ」で行われました。新しい施設のようです。

今回出演した鹿子舞は、当路鹿子舞富栄鹿子舞(土橋鹿子舞)の2つが行われました。上里鹿子舞も出演される予定でしたが、都合上出演できないとのでした。

鹿子舞実演
鹿子舞交流会

当路鹿子舞は、林業が盛んであった当路地区では、木材の流送作業に従事する若者が多く、厚沢部川河口の土場(現・江差町柳崎町)で仙夫や流送人夫として従事していました。土場集落に古くあった鹿子舞を見て感動した若者連中が、明治30年に土場に鹿子分けを願い、以来、今日に至っています。踊りの動作は他地区の鹿子とほとんど変わりませんでしたが、明治40年に角田源次郎が動作の一部を変え、激しい踊りにしたと云われています。終始中腰の姿勢を保つ、激しい踊りが特徴です。
※新春町内鹿子舞交流会パンフレットより引用

当路鹿子舞01
当路鹿子舞

当路鹿子舞02
当路鹿子舞

当路鹿子舞が終わると、鹿子舞の解説が行われました。親子に渡りこの鹿子舞を行っていて、代々にこの郷土芸能が伝わっていました。少子化の時代に、この鹿子舞を継承しようとする子供等のチカラを感じました。
次は、富栄鹿子舞(土橋鹿子舞)が行われました。

富栄鹿子舞(土橋鹿子舞)は、延宝年間(1647年頃)南部津軽衆がこの地に移住した際に、鹿子踊りを伝えたと云われています。文化5年(1808年)の古い記録には、土橋の鹿子踊りが江差の市中で踊られているが記されています。祭事や祝賀、お盆にこれを舞い、豊年満作、五穀豊穣を祈願して今日まで伝承されています。
※新春町内鹿子舞交流会パンフレットより引用

富栄鹿子舞01
富栄鹿子舞(土橋鹿子舞)

富栄鹿子舞02
富栄鹿子舞(土橋鹿子舞)

交流会が終了しふと見ると、美和権現舞の笛吹きの方と会い、ご挨拶申し上げました。
権現舞も出る予定でしたが、舞い手の病気で出れなかったようです。神社では練習していたようであります。

今回は2つしか見れませんでしたが、今後も交流会を継続して欲しいと感じました。

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tag : 北海道 厚沢部町 鹿子舞 当路鹿子舞 富栄鹿子舞

厚沢部町美和地区 目名権現獅子舞

美和八幡神社の本祭であります。
本祭は、神楽舞いの奉納がないので、獅子舞だけの奉納となりました。

雨の心配もありましたが、門祓い最中にも雨が降りましたが、終わり頃には雨が上がりました。
門祓いの笛・太鼓は、行き山と帰り山があり、まだ帰り山は難しいようです。

miwa_2010_08.jpg
門祓いの模様から

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神社に行列が戻る

行列が神社に戻ると、本祭の祭礼が始まります。平日だと神楽舞いは行われません。
ということで、目名権現獅子舞が披露されました。昨夜には出なかった、白狐が出て獅子をからかい様を見せてくれました。

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神歌に入り、「御幣持て」という所が唄われると、御幣を持った責任者が、観客に向い御幣を振る。

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白狐が出てきて、獅子をからかいます。江差の神楽舞いの中に「てんからこ」といって、カラス天狗が出て獅子をからかいます。松前神楽にも獅子舞の中に、佐々良(ささら)の中では猿田彦が登場し、獅子を手玉に取りもて遊ぶ様を表した舞いがありますが、この模様は非常によく似ております。
からかい終わると白狐は、出てしまいます。

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白狐登場

今年も、目名権現舞を拝見させてもらいました。たしかに、貴重な獅子舞であると思われますし、これからも維持・継続させて欲しい郷土芸能であります。目名権現舞は、厚沢部町指定の無形民俗文化財に指定されています。

     

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江差町 郷土芸能 田沢鹿子舞

姥神大神宮渡御祭が終わり、一息ついた2日後にまた江差に足を運びました。

本当は神楽の取材で訪問したのは、田沢稲荷神社に行きましたが、どういう訳か神社の本殿には誰もいない状態でした。これはどういうことだろう、時間を間違ったかなと思いつつ、確認しても時間は間違っていないようでした。もうすでに宵宮祭が終了しており神社は誰もいなく、鹿子舞(ししまい)の行列が何処かに行くのを見かけました。そうだ、ここは田沢という地域で、鹿子舞(ししまい)があるのを思い出しました。ということで、郷土芸能の取材に変わりました。どうやら何処かで鹿子舞(ししまい)が、行われるようであります。付いて行きました。

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田沢稲荷神社 鳥居

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田沢稲荷神社

田沢稲荷神社の由緒は、

正徳4年(1714)の創建と伝えられる。明治9年10月、村社に列せられる。明治27年8月24日社殿が大破したため再建を出願し同年11月21日改築が許可される。明治28年1月に遷座祭を斎行した。更に昭和35年には社殿を改修している。修繕、祭典当の経費は村中にて負担運営している。

※いつもながら、北海道神社庁から引用

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厚沢部町 美和八幡神社 本祭 神楽と目名権現獅子舞

昨夜から引き続き、厚沢部町美和地区での「目名権現獅子舞」を取材する。

今日は、門払いからの取材であり、午前10時からの出発であった。行列の曲は、目名権現獅子舞の笛、太鼓で門払いが進行する。神社行列の笛、太鼓ではないのだ。

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神社から行列が出発する

行列から、白狐が行列に加わり、美和地区を練り歩いた。

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獅子舞が2頭出ているが、黒い獅子頭は、権現獅子舞の獅子頭、もう1つの赤い獅子頭は、姥神大神宮の獅子頭である。

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↓「続き」をクリックすると続きます。

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tag : 厚沢部町 美和 目名権現獅子舞 松前神楽

厚沢部町 美和八幡神社宵宮祭 目名権現獅子舞

今回初めて訪問させてもらった、厚沢部町の美和八幡神社には、この土地に独特の「獅子舞」があり例祭の時に披露されるというのを聞いた。厚沢部町の獅子舞とは、たいていは、「獅子」ではなく、「鹿子舞(ししまい)」と書くように「鹿」である。

宵宮祭の後に行われるというので、神楽と郷土芸能が見れる機会ができたのだ。神楽の様子は前回で紹介させてもらった。

美和地区には、古くから入植者がきていて、鰊漁の時期には鰊漁に行き手伝い、鰊の時期が終わると、山の仕事をしていたそうだ。冬の間に出身地を懐かしんで、笛、太鼓を慰めにしているうちに権現舞が伝わったと云われている。この舞いの流れは、岩手県遠野、青森県南部にあった権現舞がルーツになると云われている。現在に、岩手県遠野市や青森県南部地方には、この権現舞が途絶えてしまったらしく、北海道ではこの美和ともう1つ(もう1つは教えてもらった人も思い出せなかったらしい)があって、この権現舞を伝承されているようである。本州の文化が北海道で、生きている貴重な獅子舞である。

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目名権現獅子舞

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目名権現獅子舞

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目名権現獅子舞

見た感じでは、江差・厚沢部で行われている神楽の獅子舞とは異なり、荒々しい動きはあまりない。獅子の中に入りこんだりもしないし、手で操るだけで、獅子の動きを表現している。優雅な獅子の動きと、笛、太鼓も優雅に鳴り響き披露される。途中から神歌が入り、楽の合間で「よいよい」「はっ!」とあいの手が入る。今回は、現れなかったが、白狐が現れて獅子をからかう仕草をするようだ。明日、行われるようだ。白狐が見たいので明日また見せてもらうことにした。

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厚沢部町 館城跡まつり 当路鹿子舞

今回はじめて行くイベントで、厚沢部の館城跡まつりである。
昨日、ポスターを見ると「当路鹿子舞」が行われるようで、そういえば厚沢部の鹿子舞(ししまい)を忘れていた。すっかり松前神楽の取材に集中していたこともあり、郷土芸能を忘れていた訳ではないが、厚沢部の鹿子舞(ししまい)を取材したかったのだ。数年前に厚沢部の役場まで行き関係者の連絡先を教えてもらいながら、それっきりでした。厚沢部の鹿子舞(ししまい)は、「鹿」であり、獅子ではない。

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舞台の真ん中に木を立てて行われる。鹿たちがこの木を倒す様が見られる。

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メスをめぐり争う様が見られる。そして仲直りし、終わる。というパターンが見られる。
厚沢部の鹿子舞(ししまい)が、各部落に伝わっており行われている。各所で神社のお祭りで行われている。

続けて行われた「維新行列」を見た。五稜郭祭で行われているが、その方々が行っているようだ。大砲を撃って、行列を盛り上げている。

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今後も厚沢部の鹿子舞(ししまい)を取材して行きたいと思う。

プロフィール

及川 修

Author:及川 修
松前神楽は、松前藩主自ら祭主となり、藩の城内神事として行われ始めたのは1674年から明治の廃藩置県まで、神職により御城神楽として隔年に行われた大神事であり、その作法は厳格であります。約350年の歴史を持つ北海道道神事芸能で、比較的に開拓して歴史の浅い北海道では珍しい郷土芸能であります。松前藩主が松前神楽を見て、「よくできてそうろう」とおっしゃったことから、「良き候」とブログタイトルに入れ、松前神楽の魅力や北海道の郷土芸能を紹介しております。渡島・桧山地方では近くの神社で奏上されているので、お祭りの際は誰でも見学可能です。

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